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積極的に環境を変える

真我

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ3」の頁18に、『目の前に引き起こされている現象は、すべて、根本原因と環境原因から成っている。

 

根本原因とは、その人の潜在意識にある記憶である。

 

一方、環境原因は、自分を取り巻く人やモノである。

 

現象を変えるには、根本原因を主にしつつ、要因と思われる環境原因も、ともに変えていくことである。

 

自分が真我に目覚めても、今までと同じ環境では、もとに戻ってしまう可能性が高い。

 

自分とともに周囲も真我に目覚めたり、常に真我に触れる環境を作ったりすることで、現象はどんどん変化していく。

 

病気という現象が現れているときも、自分の真我の目覚めと同時に、自分がストレスと感じている環境から離れてみることも一つの手段である。』とある。

 

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常に真我に触れる環境は、常に真我に意識を向け続けることができるものだね。

 

365日24時間、「真我の実践」を唱え続けることでも、常に真我に意識を向け続けることができる。

 

「真我の実践」を唱えることを継続すると、自分のエネルギーがどんどん高まっていくことが体感できる。

 

エネルギーが高まることは、意識が高まることであり、より全体を捉えることができる。

 

それにより、宇宙の法則に沿った動きができ、人生が素晴らしくなるね。

 

今日も「真我の実践」を唱え続ける。

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満月の法則

原因も結果もない世界

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ3」の頁16に、『因と縁が反応して、果になる。

 

ということは、因が変われば、果がかわるということである。

 

チューリップの種は、どこに植えようとチューリップにしか咲かない。

 

では、私たちの人生も既に決まっているのかというと、実は人の因は変えられる。

 

根本原因である記憶の塊は、その奥にある真我を引き出すことによって、自由に変えることができるのである。

 

真我とは、私たちの一番深いところに内在している、宇宙意識、神意識のことである。

 

これを引き出すと、魂の底からわきあがる深い感謝と喜びを感じる。

 

そしてさらに、それより浅い部分にあった記憶である根本原因が変わる。

 

例えば、根本原因である心が両親を恨んでいたとしても、真我は究極の愛の心であるから、愛と感謝に変わってしまうのである。

 

感謝と恨みは、同居できない。闇と光は同時に存在できないのである。

 

真我は、原因も結果もない世界であるから、すべてを光に変えることができる。』とある。

 

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人の根本原因である記憶の塊が変えられないのであれば、人はチューリップのように、人生は既に決まってしまっていることになる。

 

でも、その記憶の塊は、変えることができるのだね。

 

誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に目覚めことで、その記憶の塊を変えることができるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けるのではなく、その本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続ける。

 

そうすることで、その記憶の塊が変わり、人生は素晴らしくなるのだね。

 

今日も「真我の実践」を唱え続ける。

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満月の法則

謎は縦の人間関係にある

その他

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ3」の頁14に、『両親との関係は、人生に大きな影響を与える。

 

なぜならば、両親のとの関わりの中に、根本原因と環境原因のどちらも入っているからである。

 

人は、生まれたときから、両親の遺伝子の記憶を引き継いでいる。

 

また成長の過程で、両親の言動や育てられ方が記憶としての残っていく。

 

さらには、前世の記憶も織り込まれて生まれてくる。

 

そのように膨大に蓄積されたものが、あなたの中にある根本原因である。

 

いわば、根本原因は、命という縦の環境の中で培われたものである。

 

一方、その時代を過ごす、いわば時間という横の環境で起こることが環境原因となる。

 

兄弟、友人など、様々な人と時間を共有するが、一般的には両親との時間が一番長い。

 

因(根本原因)と縁(環境原因)が反応して果(現象)となり、その果は次の因となっていくのである。

 

このように、両親の影響はとても強いのである。』とある。

 

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頭では分かっていても、何回も同じ失敗を繰り返してしまう。

 

世の中に溢れているノウハウを学び、それ通りにやっても、ある人は上手くいくのに、自分は上手くいかない。

 

どうしてなのだろうか?

 

その謎は、縦の人間関係にあったのだね。

 

自分では分からないような過去の記憶に影響を受けているからだね。

 

その過去の記憶には、前世のものもあるのには驚く。

 

だから、与えられた答えは、自分の答えではないことが理解できる。

 

人それぞれ、インプットされている過去の記憶が異なるから、同じようにやっても、人それぞれアウトプットは異なってくるのだね。

 

本当に、そのことが理解できると、人と比べることはナンセンスだと思えてくる。

 

自分の答えは自分で見つけるしかなく、その答えを見つけるには、自分の意識を高めていくことだね。

 

それためには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続けることになる。

 

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満月の法則

苦手な人に感謝できる発想

その他

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ3」の頁12に、『Aさんとはとても馬が合うし仲良くできる。ちょっとしたことがあっても、よい関係でいることができる。

 

一方、Bさんとは、会えば、すぐに言い合いになってしまう。

 

だから、Bさんとは関わらないようにするということで解決するのかというと、それは表面的なことにすぎない。

 

AさんやBさんでなくても、同じようなタイプと出会うと、あなたの心はいつでも同じように反応して、同じような結果になってしまうのである。

 

あなたの心の中に根本原因があるからである。

 

AさんやBさんが、現われようがあらわれまいが、あなたの心の中には、そのタイプはうまくいく、反対に苦手という因があるのである。

 

それが、表に現れるかどうかは、外界の縁が訪れるか否かということである。

 

因(タネ)である根本原因が、縁という環境原因と反応して、結果となるのである』とある。

 

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どんな人にも愛と調和と喜びしかない。

 

それなのに、苦手な人に対して、苦手と思ってしまう自分がいるのはどうしてだろうか?

 

自分の中に、何かに囚われているものが、それが原因で目の前の現象が歪んで捉えてしまうのだね。

 

自分の意識を高めることを、人生の目的そのものとしたら、その何かに囚われていることに気づかせてくれた、苦手な人に対して、ありがたいなと思えないだろうか?

 

自分だけでは気づくことができない気づきを、苦手な人に出会うとこによって気づきを得られたことで、苦手な人に感謝できるようになるね。

 

自分の意識を高めることを、人生の目的そのもののに関して、???なら、自分は何のために生きているのだろうかを自問自答してみることが大切だね。

 

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満月の法則

 

もともと最初から完全

その他

心の学校 佐藤学長の「生命の覚醒」の頁237に、『・・・勉強の悟りというのは、知識の悟りです。

 

修行の悟りというのは、精神の悟りです。

 

でも私がいわんとしているのは、命そのものの悟りです。

 

命の悟りというのは、時間がかかりません。

 

なぜならば、もう既に悟っている自分が自分の中にいるからです。

 

私たちの命は、もともと天から完全に与えられているのです。

 

ですから、それを自覚すればいいだけなのです。

 

心臓は、勉強をして動かすわけでも、修行をして動かすわけでもないのです。

 

「あっ、心臓が動いている!」と自覚すればいいだけです。

 

一生懸命勉強して辿りつくというのは、命の悟りではありません。

 

知識で理解をしたに過ぎません。

 

私たちが理解しようがしまいが、修行しようがしまいが、もともと私たちは最初から完全なのです。

 

今、私たちが一番気づかないといけないのは、命の悟りなのです。

 

私たちは命の悟りを得て初めて、それに沿った頭の使い方をすることが大事なのです。

 

今まで、人間は間違っていたと思います。

 

一生懸命努力をして、やっと悟ってきたと思ったらもう人生はおしまいというのは、変だと思いませんか。

 

これは私の素朴な疑問です。

 

悟りを得ることを終点とするのではなく、出発点とするのです。

 

そうしたら、どれだけ人生が素晴らしいものになるでしょうか。』とある。

 

目の前の現象を、ありのままに捉えることができたら素晴らしいね。

 

心臓が動いていることに対して、生きているのだから当たり前と捉えているとすれば、それはどういうことだろうか?

 

目の前の現象を、ありのままに捉えているとは言えないね。

 

物事を固定化して、これはこうなんだと言う頭の中にインプットされた知識で、判断しているに過ぎないね。

 

今、この瞬間、目の前の現象を、ありのままに捉えるには、過去の記憶に囚われない自分になる。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(意識)が向いていては、過去の記憶に囚われてしまうね。

 

過去の記憶からの囚われから抜け出すには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続けることだね。

 

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満月の法則

人生で最も大切なもの

真我

心の学校 佐藤学長の「生命の覚醒」の頁234~235に、『・・・真我を開くことによって、みなさんの考え方が変わるし、出てくる言葉も態度も顔つきまでも変わります。

 

そうすると、これはどういうことかというと、真我を開くということは、何よりも優先順位の一番にしなければいけないということです。

 

真我とは真の我です。

 

本当の自分を開いていくことが一番なのです。

 

本当の自分、あなたそのものを出していくということが一番でなければ、何を一番にしたらいいというのでしょうか。

 

それを間違えてしまっては、本末転倒なのです。

 

そこから総てが発生するのです。

 

仕事も家庭も健康も全部、本当の自分が生み出していくのです。

 

例えば「あなたの人生にとって最も大切なものを百個書き出してください。そして、その中で大切なものから順番に番号をつけてください」といったら、どうでしょうか。

 

おそらく全員、同じものが一番になると思います。

 

それは、自分の命そのものです。それが一番になるはずです。

 

それがあれば、残りの二番から百番まで全部たしても、一番にはかなわないのではないでしょうか。

 

その一点をやっていったら、他のものは全部、自動的に変わってくるのです。

 

人もモノも、あらゆる出来事も、あらゆる状況も全部変わっていくのです。

 

それだけは、みなんさんに何度も伝えていきたいと思っています。

 

真我を開くということは、精神的な悟りではないのです。

 

もちろん、学問的な悟りでもありません。

 

これは、命の悟りなのです。

 

命の悟りですから、絶対、優先順位の一番なのです。・・・』とある。

 

「本当の自分」だと錯覚して「エゴの自分」で生きていては、悲しいね。

 

また、生きているにも関わらず、何のために生きているかが分からないのも、悲しいね。

 

自分を認めることが大切だと頭で分かっていても、自分を認めることができないのは、何故だろうか?

 

自分の中の基準(固定観念、価値観、先入観、思い込み、拘りなど)に囚われているからだね。

 

意識が「エゴの自分」に向いていては、その基準は外れないね。

 

誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に、意識を向け続けることで、その基準を外していくのだね。

 

そうするプロセスで、どんどん自分を認めることができる自分になっていけるね。

 

本当の自分(真我、満月、まんまる)は無限なので、自分を認め続けていくこと、自分の中の基準(固定観念、価値観、先入観、思い込み、拘りなど)を外していくことが、生きる目的そのものなのだね。

 

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満月の法則

唯物主義と唯心主義

真我

心の学校 佐藤学長の「生命の覚醒」の頁232~233に、『・・・世の中には大きく分けて、唯物主義と唯心主義の人がいます。

 

唯物主義とは、お金やモノを得るために心を変える人のことです。

 

お金を手に入れるためには、極端にいえば、カレーに砒素を入れてもいいというタイプです。

 

こういう人は、バブルのような時代はわかりませんが、今のようなより本物を求める時代になると、段々まわりから浮いてきてしまいます。

 

これからの時代は、唯心主義の人の時代です。

 

こういう人は、自分の心を変え、心を成長させることが一番で、心を変えた結果、お金でもモノでもあとから生み出していくというタイプです。

 

唯心主義の人を、さらに二つのタイプに分けることができます。

 

一つは、観念の人です。

 

頭で全部、解決しようとする人たちです。

 

しかし、心と頭とは違うのです。

 

心で感じるのであって、頭で感じるのではないのです。

 

頭の観念だけでは、人間関係はなかなか通用しません。

 

表面的にはうまくいっても、本当に通じ合える関係にはならないのです。

 

もう一つは、真我の人です。

 

愛そのものの本当の自分に目覚め、本当の自分で生きる人です。

 

これからは、真我の人の時代になることでしょう。

 

自分のエゴで行動するか、愛で行動するかは全く違います。

 

医者が儲けるためにやるか、患者さんを本当に治すためにやるか、大きく違います、観念の人は、頭に知識を入れて、それを元に考えますから、知識の豊富な人を立派な人だと思ってしまう傾向があります。

 

ですから、どうしても物質的になってします可能性があるのです。・・・』とある。

 

昨日、心の動きを、常に俯瞰して見つめている自分がいるのは、瞑想をするようになってからだなと気づいた。

 

ヨグマタジの瞑想の本に、「瞑想は、心の動きと自分とを切り離すことができる唯一の方法である。」とあった。

 

心の動きを見つめて、できる限り揺れ動かさないようにすることで、自分のエネルギーが消耗しなくなるね。

 

観念の人は、頭の世界に生きているので、心に振り回され、エネルギーを消耗するので疲れる。

 

真我の人は、心と体にエネルギーを与え生かして頂いている真我で生きているので、疲れることはなく、喜びの中で生きることができるね。

 

観念の人ではなく、真我の人として生きるには、どうしたら良いだろうか?

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続けることだね。

 

誰もができないぐらい、本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続けることで、愛そのもののエネルギーが湧き上がってくるね。

 

今日も「真我の実践」を唱え続ける。

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