知る・信じるという世界

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁46に、『私たちが捉える世界には様々な段階がある。

 

「知る」という世界は、知ったことを基準にしていくので、長所としては「誠実である」ということである。

 

例えば科学者の姿勢は、同じ実験を繰り返して、実証を重ねたことを発表していうという誠実さがある。

 

しかし、欠点は「知らないことは認められない、見えないものは認められない」ということである。

 

「信じる」世界の長所は。

 

「早い、時間がかからない」ということである。

 

そのことを知ろうが知るまいが、「私はあなたを信じます」と思えた瞬間に、相手の全容を受け入れられたことになる。

 

しかし、欠点は「盲目」になる可能性があるのだ。

 

信じた相手が詐欺師だったどうなるか?

 

間違った方向を信じ込んでしまう可能性があるのだ。』とある。

 

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私たちが捉える世界には様々な段階があるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、偽我の自分の中の基準(固定観念、価値観、先入観、思い込み、拘りなど)をベースに発想するので、物事を正しく捉えることができない。

 

「ありのままで良い」と言われても、偽我の自分で捉えた「ありのまま」は、偽我の基準のフィルターがかかった偏ったものだね。

 

正しく「ありのまま」を捉えるには、その基準を外す必要がある。

 

そのためには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続けることだね。

 

「真我の実践」を唱えるのであれば、この唱え方が重要だね。

 

空念仏のようでは良くなく、この言葉の波動を響かせる感じで唱える。

 

マインド(心)を働かせずに唱える感覚が、体に染み付くと、とても上手くできるようになるね。

 

これは、とにかくやり続ける。

 

今日も本当の自分に意識を向け続ける。

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