究極からスタートする

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ3」の頁96に、『今までの悟りというのは、山登りに喩えることができる。

 

今自分のいる地点から、頂点を目指して登っていくのである。

 

その道のりには苦行や荒行があったり、また大変時間のかかる方法である。

 

さらには、一生かけても悟ることのできない場合が多い。

 

しかし、本当の悟りは、頂点から出発するのである。

 

真我という究極からスタートするのだ。

 

人間は等しく真我であるということは、最初から決まっている。

 

既に頂上にいるのだ。

 

既に悟っているのである。

 

だから、真我をあらゆることに表していけばよいだけなのである。

 

真我から出てくる仕事をし、家庭に向かい、お客様に接するのである。

 

もっと全体的になると、真我で教育をし、真我で医療をし、真我で政治をするのである。

 

もともと調和しているという答えに沿って行動していくのである。

 

すなわち、真我の実践である。

 

真我であるという大前提からスタートをして、それを実践して、確認をしていく作業だ。

 

これは、前者と比較すると、山を下りていく作業になる。

 

真我の実践によって、ますます確信が深くなっていくのである。

 

また、答えから出発するのであるから、非常に楽で安全な道なのである。』とある。

 

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人間は等しく真我であるということは、最初から決まっているのだね。

 

生きているのであれば、その真我のエネルギーで生かしていただいているからになる。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、自分は自分で生きていると言う思いが強くなってしまっている。

 

人間は等しく真我だと言われても、その真我とは何なのだと頭で考え続けることになる。

 

真我を頭で理解することは、真我を固定化することになり、別物になってしまう。

 

つまり、言葉で表現すると、頭で理解できる範囲で固定化することになるので、言葉では表現できないのだね。

 

そのことを頭で理解する。

 

真我は、誰もに内在する究極の全体意識である本当の自分であり、そこに意識を向け続ける。

 

そうすることで、真我のエネルギーで生かしていただいていることに気づくことができる。

 

心の奥底が満ちてきて、その豊かな自分からの発想で行動することで、豊かな人生を送ることができるね。

 

今日も本当の自分に意識を向け続ける。

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図解 神のメッセージ3

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