細胞に染み付いた記憶の浄化

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁14に、『人の精神構造は、「観念」「業」「真我」の三層から成り立っている。一番表面の「観念」とは、どこかから入れた情報や知識から成り立っている。

 

その奥の「業(カルマ)」は、「遺伝子の記憶」と言い換えてもいい。

 

先祖代々受け継がれた遺伝子の記憶と、前世の記憶を土台として、親による育てられ方や過去の経験など総てが、記憶として細胞に染み付いている。

 

その記憶が、ある条件が揃った時に、一瞬にして蘇るのである。

 

それが、人から出てくる「心」である。

 

この心を変えない限り、人の人生は変わらない。

 

そして、さらにその奥にあるのが、「真我(神の心)」である。

 

「真我」は、宇宙意識であり、愛であり、光そのものでもある。

 

この「真我」が奥から湧き出てきた時、初めて、人の業は光に変わるのである。』とある。

 

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先祖代々受け継がれた遺伝子の記憶と、前世の記憶を土台として、親による育てられ方や過去の経験など総てが、記憶として細胞に染み付いているのだね。

 

瞑想を継続していくと、体の中のエネルギーの流れを感じることができ、その流れの音が聞こえてくる。

 

体の中のエネルギーの流れで、滞っている所が分かり、自然とその滞っている所に意識が向いて、そのエネルギーの流れを良くしようとしている。

 

その滞っている所は、何かに執着していることが原因であり、それが細胞レベルで染みついているのだね。

 

「真我の実践」とか善き言葉を唱えて、その滞っている所を真我の光で、エネルギーの流れを良くしていく。

 

体の中のエネルギーの流れが悪いと、バランスが悪くなり、不調和になっていく。

 

善き言葉の唱え方は、とても重要であり、唱え方が悪いと、逆効果になると感じている。

 

善き言葉は、宇宙から唱えさせていただいている感じで唱える。

 

想念や妄想は、粗い波動でありエネルギーのレベルが低い。

 

善き言葉であっても、どのような意識で唱えるかが重要なのだね。

 

同じ言葉であっても、言葉を発する人の意識の違いで、響いたり響かなったりした経験はあるかと思う。

 

響かない場合は、善き言葉に、想念や妄想の粗い波動が乗ってくるのだね。

 

人間の心を超えて、善き言葉を唱える。

 

そのためには、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

今日も本当の自分に意識を向け続ける。

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