すべて学びであり成功である

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ3」の頁76『私たちは物事が起こると、それに一喜一憂する。

 

感情や価値観に振り回されて、これは良いこと、これは悪いことと受け止めてしまう。

 

しかし、本来、その事象には良いことも悪いこともない。良いと判断する土壌があなたの中にあるから、良いこととなり、逆に悪いと判断する土壌があるから、悪いこととなるのである。

 

起きている事象そのものには、本来、意味はないのだ。

 

そのような結果になる原因があったから、その事象が起きているだけである。

 

その結果がどうであれ、それらはすべて学びであり成功である。

 

失敗、成功と捉えるものも、ひとつの捉え方に過ぎない。たとえば、失敗と思ったころから学んだものはすべて成功になるではないか。

 

やったことはすべて成功なのである。』とある。

 

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起きている事象そのものには、本来、意味はなく、すべて学びであり成功なのだね。

 

目の前の事象に振り回されて、これは悪いことと受け止めてしまうのであれば、自分はこれを悪いと判断する基準(固定観念、価値観、先入観、思い込み、拘りなど)に囚われているだなと理解する。

 

逆に、これは良いことと受け止めてしまうのであれば、、自分はこれを良いと判断する基準に囚われているのだなと理解する。

 

このような思考回路を発達させていくと、事象には良いことも悪いこともないと思えてくる。

 

さらには、自分が自分だと思い込んでしまっている自分である心と肉体に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることで、囚われていた基準が薄れていくと、目の前の事象をありのままに捉えることができ、すべて学びであり成功なのだと思えてくるのだね。

 

今日も本当の自分に意識を向け続ける。

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図解 神のメッセージ3