真実の月は一切歪まず完璧な姿

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁116『真我は完全である。

 

なのに、どうして私たちには一見不調和と思われることが顕れるのだろうか?

 

それは、私たちには不完全な心があるから、心が波立つと、歪んだ現象が現象面に見えるのである。

 

これは、月が自分だとして、夜空に浮かんだ月を自分とみるのか、湖の湖面に映った月を自分とみるのかという視点の違いによって、捉え方が変わるのと同じである。

 

湖に映った月に、風が吹き込み、湖面の波立ちによって歪んで映っていようと、真実の月は一切歪まず、完璧な姿を現しているのである。

 

それはちょうど、心という湖の水が風によって波立って映っているだけであって、真我は常に完全であるのと同じである。』とある。

 

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不完全な心があるから、心が波立つと、歪んだ現象が現象面に見えるのだね。

 

だから、心を使えば使うほど、歪んだものが見えることになるので、心を使わないようにすることになる。

 

心を使いまくって、愛だと言っても、それは本当の愛ではなく、その人の頭の中に描いた愛なのだね。

 

本当の愛は、心を使わなくなった時に顕われる。

 

本当の愛で生きるには、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

心を使うと現象面に反応するが、心を使わないことで現象面に反応しない自分に気づくことができる。

 

その自分であれば、物事の捉え方に偏りがなく、瞬間、瞬間の判断が適切なものになってくる。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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神のメッセージ 2