固定観念や思い込みを捨て切る

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁78『個体意識とは、学習して、後天的に身につけた意識のことを言う。

 

人が「自分の考え」という時の意識は、ほとんどが個体意識である。

 

全体意識とは、もともとある意識であり、真我、神、宇宙意識とも言う。

 

自分自身の考え方が完璧になくなった時に、全体意識になるのである。

 

個体意識は、ちょうど、ガラス玉に自分の空気をいれている状態である。

 

しかし、ガラス玉は、他のガラス玉とぶつかると割れてしまう。

 

そして、割れた時初めて、全体の空気と同化する。

 

それが、死んで生まれ変わることでもある。

 

しかし、ガラス玉を自ら割って、全体の空気と調和することもできる。

 

それが、生きているうちに生まれ変わるということだ。

 

固定観念や思い込みを総て捨て切ったときから、無限の人生が始まるのだ。』とある。

 

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固定観念や思い込みを総て捨て切ったときから、無限の人生が始まるのだね。

 

ラムサ(著) 松野健一(訳) ラムサ ホワイトブック 改訂版 頁348~349『・・・あなたがどう考え、どう語るかが、自分が知ることができる量を決めるのだ。

 

「もっと知りたいと思う」と言ってはならない。

 

それではけっして知ることができないからだ。

 

そして、「もっと知ろうとする」もだめだ。しようとするとすることで達成されたものは、ひとつもないからだ。

 

「もっと知ることを探求する」でもだめだ。

 

探し求めても、けっして見つからないからだ。

 

こう言いなさい。

 

「私の存在の主と神から、私は今、この瞬間に知るべきことをすべて知っている。ソービーイット!」と。

 

そして、答えを待つのだ。

 

その時点で、自分が知りたいのかに気づいているいないにかかわらず、「私は知っている」という言葉は、その気づきが起こる扉を開いてくれるのだ。

 

あなたが言うべきことは、それだけだ。そうすれば、知識がやって来るのである。』とある。

 

「私は知っている」として、答えを待つことで、答えがやって来るのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、そのようなことは、分からないとか、疑いの思いが湧き上がってきて、偽我の自分が邪魔をする。

 

偽我の自分のフィルターによって、その答えを脳で受信できないようにしている。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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