源に運び、そこに溶ける波動

ヨグマタ相川圭子著 サマディ 頁179に、『あなたが生きるために必要な物質的なものは、始終身につけたり、持っていたりできるものではありません。

 

そうした自分の外にある物質的な豊かさは、死ぬときには持っていかれないものです。

 

サマディ瞑想の波動は、源に運び、そこに溶ける波動です。

 

生命なのです。

 

ですから、どんな新しい立派な家よりも尊いのです。』とある。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、自分や相手を認めることができず、自分や相手を裁き続けて、エネルギーを消耗し続ける。

 

そのため、視野が狭く、物事を偏って捉えてしまい、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、心の中の想念や妄想による混乱が静まり、心の中が澄んでくる。

 

エネルギーの消耗が無くなり、自分の内側がエネルギーで満ちてきて、もともと豊かな自分に気づくことができる。

 

豊かな自分で在り続けることで、自然に視野が広がり、物事をより全体から捉えることができるようになって、悩みや苦しみの多かった重苦しさから解放されて、軽やかに生きることができるようになっていけるのだね。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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サマディ: 永遠の存在との出会い

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