心で思えばそのとおりになる

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁112『普段、あなたが「これが私の財産」というときの「これ」のは、どこまでのことだろうか?

 

私たちは、心の存在だから、心で思えばそのとおりになるのである。

 

私の財産はこれだけ、と限定したら、その分だけが財産となる。

 

しかし、その限定を全て手放したら、全てが自分の財産になる、ということにもなるのである。』とある。

 

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限定を全て手放したら、全てが自分の財産になるのだね。

 

心で思えばその通りになると言っても、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)であると、限定した自分であるから、思おうと思ってもそう思えない自分が出てくる。

 

また、限定した自分の思いというのはエゴからの思いなので、仮に思い通りになったとしても、反動で後々上手くいかなくなる。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

そうすることで、自分の内側が満ちてきて、豊かな自分で在り続けると、今この瞬間が豊かな自分であるので、自分の外側への欲望は生じなくなっている自分に気づくことができる。

 

常に豊かな自分であれば、物事の捉え方が素晴らしく変わっていき、人生が素晴らしくなっていくね。

 

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神のメッセージ 2

 

 

ホンモノは究極の自立へと促す

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁110『心という見えないものを扱う人や団体は、見えないゆえに見分けがつきにくい。

 

では、どうやって見分けたらいいのか?

 

ニセモノは、「ここに来ないと救われませんよ」といって脅しの要素を含ませて人を集め、そこに頼らなくては何も出来ないような依存性が増し、結果的にその団体だけが繁栄することである。

 

ホンモノは、一人一人が、本当の自分(=真我・=神)に目覚めるようにもっていき、結果、その人の足元(家庭や仕事)がどんどん繁栄していくという、究極の自立へと促していくところである。

 

もし、ある特定のところを繁栄させるというエゴ的な目的があったら「全ての人が全知全能の神である」という事実に目覚めてもらうのは、その団体や個人にとって都合が悪いのである。』とある。

 

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ホンモノは、一人一人が、本当の自分(=真我・=神)に目覚めるようにもっていき、結果、その人の足元(家庭や仕事)がどんどん繁栄していくという、究極の自立へと促していくところであるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、本当は真我の自分なのに、偽我の自分に制限してしまっていることになる。

 

誰も制限しないと言っていないにも関わらず、自ら制限してしまう。

 

その制限したところから、物事を捉えることにより、より偏った判断を選択することになり、人生が上手くいかなくなるのだね。

 

そのような個体意識からの発想を抜け出すには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

今までの思い込みは、とりあえず置いておいて、とにかく素直になって、無欲で真我の自分に意識を向け続けることで、少しづつ真我の自分が顕れてくる。

 

少しでも顕れたら、そのことを最大限に捉え、さらに真我の自分に意識を向け続けることで、どんどん真我の自分の顕れが増してくる。

 

自分の内側が満ちてきて、もともと豊かな自分に気づくことができると、今、この瞬間が天国となる。

 

天国で生き続けることで、人生は素晴らしくなるね。

 

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神のメッセージ 2

本当の自分で足元に両足を踏み込む

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁108『迷ったら、まず、その対象に両足を踏み込み、実行することで答えがはっきり出る。

 

しかし、これも、自分がどういう心で踏み込むかによって、より正確な答えが出るかどうかに関わってくる。

 

表面的な心、損得勘定を主体として踏み込むのか、それとも、究極の本音である「真我」の心で踏み込むのか・・・

 

その本音の度合いによって、より本音の、本当の自分に相応しい答えが、結果として示されてくるのである。

 

「迷ったら近づけ」とは、本当の自分「真我」の心で、目の前、足元に両足を踏み込む、ということなのである。』とある。

 

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「迷ったら近づけ」とは、本当の自分「真我」の心で、目の前、足元に両足を踏み込む、ということなのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けて、その偽我の自分で「迷ったら近づけ」としても、正確な答えは出ない。

 

「迷ったら近づけ」とは、個体意識からの欲望がありまくる中での踏み込みではないのだね。

 

偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

真我の自分で「迷ったら近づけ」とすることで、真我の自分は全てが分かっている自分だから、その時の最適な判断ができるのだね。

 

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神のメッセージ 2

 

 

「迷ったら近づけ」の精神

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁106『どちらの道に進んだら良いのか、または、やるべきか、やらないでおくべきか、迷ってしまう時がある。

 

そんな時は、あまり考えすぎると、頭の中で妄想が膨らみ、身動きがとれなくなってしまうことが多い。

 

そういう時は「迷ったら近づけ」の精神で、とにかくやってみるのである。

 

磁石も、N極とS極でくっつくのか、同極で反発しあうのかは、近づけてみないと分からない。

 

頭の中だけで考えているだけでは結論が出ない。

 

まず、やってみることによって、はっきりと答えが出るのである。』とある。

 

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あまり考えすぎると、頭の中で妄想が膨らみ、身動きがとれなくなってしまうことが多いので、そういう時は「迷ったら近づけ」の精神で、とにかくやってみるのだね。

 

妄想が膨らみ続けていると、そこにエネルギーが注ぎ込まれて、エネルギーが消耗してパワーがダウンしてしまう。

 

頭にインプツトされたものに囚われているため、いろいろな考えが出て、それが妄想となって膨らんでしまう。

 

そうなってしまうのは、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていて、個体意識からの発想となっているからだね。

 

偽我の自分の頭にインプットされたものを基準に、物事を捉えようとするからになる。

 

そうならないためには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

常に真我の自分に意識を向け続けることで、偽我の自分の頭にインプットされたものの囚われが薄れてきて、目の前の現象に対して、偏った思い込みが無く、適切に行動できるようになってくる。

 

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神のメッセージ 2

本当の自分は明るく光り輝ている

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁104『天気は晴れたり曇ったり、時には大雨や大雪、台風うのように暗くなったり荒れたりする。

 

しかし、どんなに大雨が降っていても、飛行機で雲を突き抜けると、常に煌々と輝く太陽があるのだ。

 

私たちの心も、明るくなったり暗くなったり時には荒れたりするが、どんな心の状態であっても、心の一番奥には、元々、常に光り輝いている太陽のような心、「真我」があるのだ。

 

「真我」は元々、完全で、完璧で、明るく光り輝き、迷っていない、愛そのものの心である。

 

それが本当のあなたなのである。』とある。

 

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どんな心の状態であっても、心の一番奥には、元々、常に光り輝いている太陽のような心、「真我」があるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、その「真我」に気づけない。

 

偽我の自分であっては、さまざまことをやったとしても、偽我の自分の自覚がある限りは、常に偽我の自分で在り続けることになる。

 

長い年月、自分は肉体であるとして生きてきて、そうではないよと言われてもなかなか難しい。

 

その難しさを克服するには、最大の強敵である偽我の自分が根負けするまで、常に「真我」に意識を向け続けることになる。

 

そうするプロセスで、心の中の想念や妄想が静まって、心が澄み切ってくる。

 

心の曇りが無くなることで、本当の自分は肉体ではなく、エネルギーなのだと、心の底から思えるようになってくる。

 

そのエネルギーから発想することで、物事の捉え方が素晴らしく変わっていき、人生が素晴らしくなっていくね。

 

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神のメッセージ 2

現実の生活に素晴らしい結果

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁102『現実の生活に素晴らしい結果を出すためには、「心」と「言葉」と「行動」が重要になってくる。

 

これを広さに喩えると、「心」は無限の広さを持っている。

 

しかし、この心を私たちの「言葉」に現すと、非常に狭くなる。

 

更にそれを「行動」に移すと、もっと狭くなる。

 

しかし、威力は逆である。

 

「心」がいくら広くなっても、「言葉」に現わさない限り、相手には伝わらない。

 

そして「言葉」だけでなく、それを「行動」に移せば、即結果が出る。

 

パワーの大きさは「行動」「言葉」「心」の順番になるのである。

 

心が目覚めたら、結果に現すために、行動を先行させ、また言葉に現してくのである。』とある。

 

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現実の生活に素晴らしい結果を出すためには、「心」と「言葉」と「行動」が重要になってくるのだね。

 

「心」と「言葉」と「行動」が一致していないと不調和となり、エネルギーが下がりパワーは出ない。

 

それらが調和することで、エネルギーが高まりパワーが出る。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)で、強引にやろうとしても、不調和な自分(偽我)では調和することは難しい。

 

本当の自分(真我)で在り続けることで、自然に「心」と「言葉」と「行動」は一致するのだね。

 

それらを一致させようとする自分(偽我)では、一致させることはできなく、一致させることなく、一致してしまう自分(真我)で在り続けることで、現実の生活に素晴らしい結果を出すことができる。

 

そのためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

自分の内側が満ちてきて、もともと豊かな自分に気づくいていく。

 

現実の生活に素晴らしい結果とは、どんな結果であっても、素晴らしとしか捉えられない自分(真我)で在り続けることだね。

 

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神のメッセージ 2

問題や悩みはナベのふたの取っ手

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁100『私たちの目の前に現れる問題や悩みはちょうどナベのふたに付いた取っ手のようなものである。

 

ナベに取っ手があるから、フタを開け、中を見ることができるのである。

 

取っ手が無かったら、中に腐ったものがあっても、フタを開けられない。

 

問題の根本に気付きにくくなってしまうのである。

 

だから、問題という取っ手のお陰でフタを開けやすくしてくれ、根本解決に至るのである。

 

問題にならなかったら、そのまま放置されて、もっととんでもないことになりかねないのである。』とある。

 

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問題という取っ手のお陰でフタを開けやすくしてくれ、根本解決に至るのだね。

 

問題を突き詰めていくことで、何かに囚われていたことに気づく。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)、これが最大の囚われかもしれない。

 

この囚われによって分離感が生じてしまって、個体意識からの発想が根付いてしまっている。

 

これでは問題や悩みは絶えなくなる。

 

個体意識からの発想を抜け出すには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

問題や悩みは、心が今に在り続けることができずに、過去とか未来に離れてしまうことによる妄想によるものだと気づいていく。

 

妄想の中で生きていては、とても幸せになったといっても、それも妄想であって、本当の幸せではない。

 

本当の幸せは、もともと幸せであることに気づいていくことだね。

 

その気づきによって、幸せは永続的なものとなる。

 

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神のメッセージ 2

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