人生で一番大切なもの

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁72に、『人生において、何が一番大切なのだろうか。


あなたは「一億円あげるから、死んでください」と言われて、死ねるだろうか。


人は、一番大事なものを忘れ、大変愚かなことをしているのだ。


大切な肉親を裏切ったり、憎しみ合ったり、戦争をしたり、水型の寿命を縮めたりしているのだ。


最も大切なものを忘れてしまっている。


神から預かった命を一番にするのか、人の作ったお金やモノを一番にするのか。


あなたの乗っている船が、今まさに沈もうとしていたら、あなたは目の前にある金の延べ棒を掴むだろうか、それとも丸太棒を掴むだろうか。


丸太棒は、あなたの命を救うことができる。


あなたの周囲にも、丸太棒のようにあなたを救う大切なものがあるのだ。』とある。


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神から預かった命を一番にするのか、人の作ったお金やモノを一番にするのか、人は、一番大事なものを忘れ、大変愚かなことをしているのだね。


相対的なものに価値があると思い込んでしまって、それを追い求めて得られたとしても、それは変化してしまう。


価値があると思い込んでしまっていたものが、変化して価値がなくなっても、また相対的なものを追い求めてしまう。比べられるものではなく、比べられないものを一番にすることで、無駄な繰り返しは無くなるね。


命を一番にすることで、この命を最大限に活かすことが重要であると思えてくる。


そのためには、命とは何なのか、本当の自分とは何なのかに気づいていくことだね。


心と肉体の偽我の自分に意識を向けるのではなく、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。


生命の本質に気づいていくことで、自分は自分で生きているのではなく、宇宙に生かされている存在なのだと思えてくる。


自分は自分で生きていると言う思い込みが、不調和な生き方になっていたことに気づくことができる。


頑張ってしまうから不調和になり、その頑張りを外すことで、調和した生き方ができるね。


頑張ってしまうのは、まだ宇宙に生かされている存在なのだと思えていなく、偽我の自分に意識をが向いているからだね。


誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。


今日も本当の自分に意識を向け続ける。

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神のメッセージ


一点光源を見る見る瞑想法

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁70に、『ここに、一億年前からの暗闇があったとする。

 

また、こちらに昨日からの暗闇があったとする。

 

同時に上から光を当てたら、どうなるだろうか。

 

両方とも、一瞬のうちに明るくなるはずだ。

 

暗闇は業(カルマ)であり、光は神の愛である。

 

たとえ、あなたが先祖代々からの業や前世からの業を背負っていたとしても、神という光の前では、一瞬のうちに明かりに変わってしまうのだ。

 

あなたが神の愛を自覚した瞬間、総ての業は消えてなくなるのである。

 

どれだけ深い業を抱えていたとしても、神の光はあなたの業を消してしまうのだ。

 

神は全知全能なのだ。』とある。

 

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先祖代々からの業や前世からの業を背負っていたとしても、神という光の前では、一瞬のうちに明かりに変わってしまうのだね。

 

ヒマラヤ聖者の生活探究 第4巻?自由自在への道

 

この本を読んでいて、頁91の「一点集中こそ神である」と言う箇所が気になった。

 

それは、神成瞑想で1点に集中すると、意識が変化することを感じていたからだね。

 

一点光源を見る見る瞑想法

 

闇 : 不調和

 

光 : 調和

 

ここのサイトには、とても具体的に瞑想のことが書いてあるけど、「とにかく理屈はどうでもいいですから、ひたすらみつめていると何かが変わっていきますから。

 

徹底的に見つめていることが重要です。」がポイントだと思う。

 

あと、「極楽耳鳴り」はナーダだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)である心と肉体に意識が向いていると、「思考はまり」の状態になる。

 

誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることで、「思考はまり」の状態から抜け出すことができる。

 

そこからの発想で生きることで、物事の捉え方が変わり、人生が素晴らしくなっていくね。

 

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神のメッセージ 

ユートピア行きの電車に乗る

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁68に、『もしも、あなたが、地獄に向かう電車に乗っていたとしたら、早く走れば走るほど、早く地獄に辿り着いてしまう。

 

ところが、ほとんどの人は、自分がどこに向かっているかわからないと、さらにがんばって電車を加速させてしまうのである。

 

では、自分が乗っている電車を降りることだ。

 

そして、ユートピア行きの電車を探して、その電車に乗り換えることだ。

 

地獄行きの電車に乗ることは、エゴの道を進むことである。

 

ユートピア行きの電車に乗ることは、真我の愛の道を進むことである。

 

早く自分の乗っている電車がどちらに向かっているかを確かめ、もし、地獄行きの電車に乗っていたら、一刻も早く、ユートピア行きの電車に乗り換えることだ。』とある。

 

 

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ほとんどの人は、自分がどこに向かっているかわからないと、さらにがんばって電車を加速させてしまうのだね。

 

自分の意識がどこに向いているか?自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)である心と肉体に、意識が向いているのであれば、地獄に向かう電車に乗っている。

 

地獄行きの電車に乗っているので、エゴの道を進んでいることになる。

 

だから、不調和となり、悩みや苦しみが生じて、病気になってしまうかもしれない。

 

ユートピア行きの電車に乗るには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

偽我の自分の想念や妄想に反応しなくなり、それらに囚われなくなっていく。

 

だから、自分や相手を認めることができ、調和の生き方が実践できるのだね。

 

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神のメッセージ 

 

元に戻そうとする力(自然治癒力)

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁66に、『神の力は、元に戻る力である。

 

人は時々、法則に反したことをする。

 

神は、それを元に戻そうとする。

 

例えば、振り子があれば、その振り子を、人間の手で持ち上げることができる。

 

それと同時に、その振り子を元に戻そうとする力も働いている。

 

しかし、手に持っている時は、その手の力が元に戻ろうとする力よりも強い。

 

人は、「私は病気だ」と自己暗示をかけて病気を掴んでいる場合がある。

 

しかし一方では、元に戻そうとする力(自然治癒力)も働いているのだ。

 

元に戻ろうとするのが、神が作った完全なる健康な自分なのである。

 

自分で掴む力と、元に戻そうとする力の強い方が、現実になるのである。

 

元に戻る力に沿って生きることで、人は健康に生きることができるのである。』とある。

 

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神の力は、元に戻る力でなのだね。

 

宇宙は大調和だから、不調和なところは調和しまする力が働く。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いて、個体意識にからの発想で生きると、不調和になっているので、悩みや苦しみが生じさせることによって、調和させる力が働く。

 

宇宙の法則に沿った生き方にさせる力が働くのだね。

 

心の中の想念や妄想に反応しているのは、不調和になっているので、悩みや苦しみが生じる。

 

偽我の自分に意識を向けるのではなく、本当の自分(真我)に意識を向けることで、心の中の想念や妄想を静めていく。

 

心の中の想念や妄想を静めようとすると、逆に想念や妄想が膨らんでしまうので、ただただ本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

どんどん心の中が澄んでくると、エネルギーが満ちてきて、本当の自分(真我)である豊かな自分に気づいていく。

 

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神のメッセージ

泥沼に咲く蓮の花

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁64に、『蓮は、泥沼の中に花を咲かせる。

 

泥沼の中に咲くからこそ、蓮の花はきれいに見えるのである。

 

人は、世俗の苦しみの中で生きている。

 

しかし、その中にこそ、本当に悟れるチャンスがあるのだ。

 

泥沼があったからこそ、蓮の花が大きく咲くことができたと捉えると、泥沼さえも肯定することができるのだ。

 

泥沼も、蓮の花が咲くのに必要だったのである。

 

世俗の苦しみは、決して悪いことではないのだ。

 

苦しみや悩みがあったからこそ、悟りを得ることができたとすれば、その苦しみも必要なことだったと捉えることができるのだ。』とある。

 

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泥沼があったからこそ、蓮の花が大きく咲くことができたと捉えると、泥沼さえも肯定することができるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)である心と肉体に意識が向いて、そこからの発想で生きていると、悩みや苦しみが生じてくる。

 

その悩みや苦しみは、どこから生じてくるのかを見つめてみる。

 

悩みや苦しみがあっても、それは偽我の自分であり、本当の自分(真我)ではないと捉え、それを貫き通していくことで、いろいろなことに気づくことができるね。

 

自分は自分で生きていたと思い込んでしまっていたと気づくことができ、自分は宇宙に生かされている存在なのだとしか思えなくなってくる。

 

そこからの発想で生きる、宇宙にどうか自分を使ってくださいと言うような感じで行動することで、周りと調和して、物事がスムーズに行くようになるね。

 

仮に不安になったら、意識が偽我に向いていると捉えて、直ぐに意識を切り替え、真我に意識を向ける。

 

まあ、なんとかなると思えるようになってくる。

 

その結果として、物事がスムーズに行くのだね。

 

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神のメッセージ

業が多い人の方が救いやすい

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁62に、『世の中には、早く悟れる人となかなか悟れない人がいる。

 

早く悟れる人は、真剣に求めている人か、大きな悩みや苦しみを抱えている人である。

 

悟りに時間がかかる人は、人生を真剣に考えていない人か、観念でもう知っていると思い込んでいる人である。

 

かつて親鸞聖人が「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」と言った。

 

善人が救われるのに、悪人が救われないわけはない、悪人の方が救いやすい、という意味である。

 

悪人とは、業やカルマの多い人のことを指している。

 

問題を多く抱えている人ほど、真剣に求めるから、悟りを得やすいのである。

 

薄曇りの間は雨は降らないが、雨雲になって雨が降り、雨が上がれば天気が晴れる。

 

業の多い人ほど、悟りには近いのである。』とある。

 

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悟りに時間がかかる人は、人生を真剣に考えていない人か、観念でもう知っていると思い込んでいる人なのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)である心と肉体に、意識が向いていると、心の中の想念や妄想が一杯湧き上がってきて、それらに反応し続けることになる。

 

そうすることで、エネルギーを消耗していて疲れているのだけれども、ずっーと続いていると、感覚が麻痺して疲れていることにも気づけない。

 

偽我の自分に意識を向けるのではなく、本当の自分(真我)に意識を向けることで、心の中の想念や妄想を相手にせず、絶えず俯瞰して見続けることで、それらを静めてていく。

 

どんどん鎮まっていくと、エネルギーの消耗が無くなり、エネルギーが満ちてきて、もともと豊かな自分(真我)に気づくことができる。

 

そうなることで、心の中の想念や妄想に反応していた時は疲れていたことに気づけ、その疲れがなくなると、極楽になるのだね。

 

本当の自分(真我)からの発想で、物事の捉え方が変わり、人生が素晴らしくなっていく。

 

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神のメッセージ

自然の美を美しいと認める

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁60に、『人は、美しさの基準を自ら決めてしまうところがある。

 

例えば盆栽は、人が思う美しさにした人工的な美であって、本来の自然の美ではない。

 

しかし、山から木々を見た時、それを自然の美として受け止めることはできる。

 

自然には、天が与えた美があるのだ。

 

同様に、人にも天から与えられた才能がある。

 

だから、人はみな天才なのだ。

 

しかし、人は天才と凡才を作ってしまう。

 

それは、自分の思う美に当てはめようとするからである。

 

天が与えた自然の美を美しいと受け止める心になれば、どんな成長の仕方をしようとも、総て天才として受け止めることができるのだ。』とある。

 

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人は、美しさの基準を自ら決めてしまうところがあるのだね。

 

人工的な美に拘って、自分が思う美に当てはめようとする。

 

頭にインプットしたもので判断せず、ありのままの自然を美しいと受け止めることができれば、ありのままの自分も認めることができるね。

 

そのためには、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)である心と肉体に、意識を向けるのではなく、本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

自分の中の基準が薄れていき、裁くことなく、ありのままを認められるようになってくる。

 

エネルギーを消耗する裁きが減ってくると、エネルギーが満ちてきて、豊かな自分に気づくことができる。

 

今日も本当の自分に意識を向け続ける。

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