心を通して認識する段階の超越

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁50『「知る」「信じる」「みえる」といった、私たち人間の心を通して認識する段階を超越して、「無い」「在る」という世界がある。

 

般若心経では、色即是空、空即是色といって「色という物質的存在には固定的な実体が無い、しかし同時に無いということによって現象界の万物が成り立っている」といわれている。

 

つまり、全ては「無い」という真実がある。

 

しかし、では全ての実体が「無い」と頭で理解したところで、現実に私たちの目の前にはあらゆる現象があって、それが「無い」とは捉えにくい。

 

そこで、更にその奥に「在る」という捉え方がある。

 

これは、私たちの心が捉えている現象、その実体は確かに「無い」のであるが、それたすべてが神の愛として顕れている、そこには全てが神の愛として「在る」のである。』とある。

 

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色という物質的存在には固定的な実体が無いが、同時に無いということによって現象界の万物が成り立っているのだね。

 

無いものに囚われて、無いものに振り回されていることになる。

 

囚われを無くそうとか、振り回されないようにしようとすればするほど、無いものに意識が向くことになり、どんどん無いもに囚われて振り回されることになる。

 

そうならないためには、自分が自分だと思い込んでしまっている(自分)に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、無いものに囚われて振り回されていたことが、だんだん解消されていく。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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神のメッセージ 2

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