実体のない業やトラウマは消える

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁94『業(カルマ)は、人間の想念が潜在意識に染み込んだものであり、細胞に記憶された思い込みである。

 

これはちょうど、来ている洋服に染みがついたようなものだ。

 

しかし、洋服は汚れていても、体までは汚れない。同様に、業やトラウマで心が汚されていても、真我までは汚されないのである。

 

業やトラウマの方を見るのではなく、真我の方を見るのだ。

 

真我は決して汚れていないのだ。

 

汚れで洋服が汚れたら、その洋服を着替えればいいだけだ。

 

真我に目覚めれば、自動的に洋服を着替えることができるのである。

 

苦しみの洋服から喜びの洋服に変わるのだ。

 

真我に目覚めれば実体のない業やトラウマは消えてなくなるのだ。』とある。

 

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業やトラウマで心が汚されていても、真我までは汚されないので、業やトラウマの方を見るのではなく、真我の方を見るのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向ていると、業やトラウマの方を見てしまう。

 

そによって、目の前の現象に振り回されて、悩みや苦しみの多い生き方になってしまう。

 

細胞に記憶された思い込みに囚われて、視野が狭く偏った物事の捉え方になってしまうからになる。

 

そうなならないためには、偽我の自分で偽我の自分を変えることはできないので、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、偽我の自分が薄れてきて、今までの自分を忘れてしまう感じになる。

 

心の中の想念や妄想による混乱が静まり、心の中が澄んでくる。

 

エネルギーの消耗が無くなり、自分の内側がエネルギーで満ちてきて、もともと豊かな自分に気づくことができる。

 

その豊かな自分で在り続けることで、自然に自分の外側への欲望は消えていき、目の前の現象に振り回さることがなくなる。

 

悩みや苦しみの重苦しさから解放されて、軽やかに生きることができるようになっていけるのだね。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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