頭の学びの愛や感謝は本物でない

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁120『心の構造は、ダイヤモンドと石ころとイミテーションに譬えることができる。

 

愛や感謝、プラス思考を知識として学ぶのは、イミテーションである。

 

人を愛そうと思っても、どうしても憎んでしまう本音が、石ころである。

 

それに対して、真我は本当の愛、感謝、プラス思考そのものであり、それがダイヤモンドなのである。

 

もし、目の前のテーブルの上に、ダイヤモンドと本物そっくりのイミテーションと、石ころを並べておいたら、あなたがダイヤモンドだけを取る時に、一番邪魔になるのは何だろう。

 

それは、イミテーションなのだ。

 

頭で学んで人を愛し、人に感謝するのは、本物の愛でも感謝でもないのだ。

 

真我に目覚めたら、愛さずにはいられない、感謝せずにはいられなくなるのだ。』とある。

 

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愛や感謝、プラス思考を知識として学ぶのは、イミテーションで、これが本物のダイヤモンドだけを取る時に、一番邪魔になるのだね。

 

「ああ、いつも同じことを書いているから、もう分かっているよ。」「そんなことは知っている。」などというのが、イミテーションであり、そこでブロックされてしまい、意識次元が高まらない。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、そのイミテーションでブロックされたままになってしまう。

 

頭の学びでは、意識次元が高まらないのだけれど、どうしてもその壁を破ることができず、頭の学びでのインプットされたものに囚われて、それによって、自分や相手を裁き続けることになってしまう。

 

エネルギーが消耗し続け、悩みや苦しみの多い重苦しい生き方になってしまう。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、心の中の想念や妄想による混乱が静まり、心の中がだんだんと澄んでくる。

 

その混乱が無くなると、エネルギーの消耗が無くなり、自分の内側がエネルギーで満ちてきて、もともと豊かな自分に気づくことができる。

 

豊かな自分で在り続けることで、自分の内側から湧き上がる消えることがない喜びに包まれることになる。

 

自然に目の前の現象に振り回されることは無くなり、常にフラットでニュートラルな状態なので、一瞬、一瞬の判断が適切となり、上手くいくようになっていくのだね。

 

悩みや苦しみの多い重苦しさから解放されて、軽やかに生きることができる。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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