もともとある慈しみの心:頁196〜199

ヨグマタ相川圭子著 宇宙に結ぶ「愛」と「叡智」頁196〜199に、『もともと慈しみの心があるというのに、なぜ人間は争うのでしょうか、憎しみあったり、奪ったり、まったく反対のことをしてしまうのでしょうか。

 

それはあまりにも自然とかけ離れ、自分は誰なのかを忘れてしまったからです。

 

自分の不足ばかりを探しています。

 

心は、豊かさを求めるがあまり、自分の本来持っているもの、あるがままの素晴らしさを忘れ、その不足の方に意識が良き、ほかから補おうとし、そのことがあまりにもエスカレートしてきてしまいました。』とある。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分に意識をが向いていると、過去の記憶や頭にインプットされたものに囚われて、「こうしなければ・・・」「ああしなければ・・・」というもので、自分で自分を縛ってしまう。

 

自分や相手を認めることができず、常に自分や相手を裁き続けてしまうので、エネルギーが消耗し続ける。

 

自分の内側がエネルギーを消耗しているので、その不足感を補おうとして、自分の外側への欲望が生じて、その欲望を追い求め続けることになる。

 

たとえ、その欲望が叶えられても、自分の内側の不足感は解消されないので、また新たな欲望が生じることになる。

 

自分の外側への欲望を追い求める限り、本当の幸せにはなれないのだね。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、心の中の想念や妄想による混乱が静まり、心の中が澄んでくる。

 

エネルギーの消耗が無くなることで、自分の内側がエネルギーで満ちてきて、心の奥底から豊かになって、不足感による自分の外側への欲望は生じなくなる。

 

自然に視野が広がり、物事をより全体から捉えることができるようになって、何事にも上手くいくようになっていくのだね。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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