自然と動かされるようになる

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁74『意識の低いというのは、いつも人間関係でトラブルを起こしている。

 

意識の高い人というのは、人とぶつからなくなり、人を愛することができる。

 

さらに意識が高くなると、愛という言葉もいらなくなり、みんなと一つになり、いつも喜びで生きられ、がんばらなくても、自然と動かされるようになる。

 

飛行機で言うなら、意識の低い人は低空飛行で、家やビルにぶつかってしまう。

 

少し高く飛べると、何にもぶつからなくなる。

 

さらにもっと高く飛んで、大気圏を抜けると、エンジンもいらなくなる。

 

これはまさに一つの世界で、生きていながら天国に行けるのだ。

 

こだっわっている思いやカルマがあると、重くて低空飛行になる。

 

上昇していくコツは、こだわりや思いをなくして、比重を軽くすることなのだ。』とある。

 

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意識が高くなると、愛という言葉もいらなくなり、みんなと一つになり、いつも喜びで生きられ、がんばらなくても、自然と動かされるようになるのだね。

 

気分が重いのは、意識が低くなっていることであり、粗い波動の影響を受けている。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、意識は低いままで留まってしまう。

 

こだわりや思いをなくしていくには、偽我の自分を捨て去っていく。

 

そのように潔く捨て去ることで、意識は高まっていく。

 

偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

やり続けることで、波動が高まり、気分がどんどん軽くなって、軽やかに生きることができる。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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神のメッセージ

何が一番大切なのかを忘れない

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁72『人生において、何が一番大切なのだろうか。

 

あなたは「一億円あげるから、死んでください」と言われて、死ねるだろうか。

 

人は、一番大事なものを忘れ、大変愚かなことをしているのだ。

 

大切な肉親を裏切ったり、憎しみ合ったり、戦争をしたり、自らの寿命を縮めたりしてるのだ。

 

最も大切なものを忘れてしまっている。

 

神から預かった命を一番にするのか、人の作ったお金やモノを一番にするのか。

 

あなたの乗っている船が、今まさに沈もうとしていたら、あなたは目の前にある金の延べ棒を掴むだろうか、それとも丸太棒をつかむだろうか。

 

丸太棒は、あなたの命を救うことができる。

 

あなたの周囲にも、丸太棒のようにあなたを救う大切なものがあるのだ。』とある。

 

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人は、一番大事なものを忘れ、大変愚かなことをしているのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていて、そこでの欲望が叶えられることが幸せだと思い込んでしまって、その欲望を追求し続ける。

 

その欲望が生じていること自体がズレているのだけど、そのことに気づくことができない。

 

どんどん不調和になっていき、悩みや苦しみが絶えず、病気になってしまうのだね。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのでなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

心の中の想念や妄想が静まって、心の中が澄み切ってくると、自分の内側がエネルギーで満ちてくる。

 

豊かな自分に気づき、常に豊かな自分で在り続けることで、人生は素晴らしくなっていくのだね。

 

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神のメッセージ

 

暗闇が一瞬の内に明かりに変わる

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁70『ここに、一億年前からの暗闇があったとする。

 

また、こちらに昨日からの暗闇があったとする。

 

同時に上から光を当てたら、どうなるだろうか。

 

両方とも、一瞬の内に明るくなるはずだ。

 

暗闇は業(カルマ)であり、光は神の愛である。

 

たとえ、あなたが先祖代々からの業や前世からの業を背負っていたとしても、神という光の前では、一瞬の内に明かりに変わってしまうのだ。

 

あなたが神の愛を自覚した瞬間、総ての業は消えてなくなるのである。

 

どれだけ深い業を抱えていたとしても、神の光はあなたの業を消してしまうのだ。神は全知全能なのだ。』とある。

 

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先祖代々からの業や前世からの業を背負っていたとしても、神という光の前では、一瞬の内に明かりに変わってしまうのだね。

 

偽我で偽我は変えられないのに、それをやり続けてしまうことで、ますます不調和となってしまう。

 

偽我の欲望を最優先にして、仮にその欲望が叶えられても、バランスを崩しているので、その後に酷いことになってしまう。

 

そうならないためには、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けるのでなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

心の中の想念や妄想を強めるのではなく、それらを静めることで、心の中を空っぽにしていく。

 

心の中が澄み切ってくると、エネルギーの消耗が無くなり、自分の内側がエネルギーに満ちてきて、豊かな自分に気づくことができる。

 

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神のメッセージ

 

ユートピア行きの電車に乗る

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁68『もしも、あなたが、地獄に向かう電車に乗っていたとしたら、早く走れば走るほど、早く地獄に辿り着いてしまう。

 

ところが、ほとんどの人は、自分がどこに向かっているかわからないと、さらにがんばって電車を加速させてしまうのである。

 

では、自分が乗っている電車が地獄行きだとわかったら、どうしたらいいか。

 

それは、一回、乗ってい電車を降りることだ。

 

そして、ユートピア行きの電車を探して、その電車に乗り換えることだ。

 

地獄行きの電車に乗ることは、エゴの道を進むことである。

 

ユートピア行きの電車に乗ることは、真我の愛の道を進むことである。

 

早く自分の乗っている電車がどちらに向かっているかを確かめ、もし、地獄行きの電車に乗っていたら、一刻も早く、ユートピア行きの電車に乗り換えることだ。』とある。

 

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地獄行きの電車に乗ることは、エゴの道を進むことなのだね。

 

エゴの道とは、さまざまなインプットされた基準に基づき、自分や相手を裁きまくり、制約の多いエネルギーが消耗する生き方になる。

 

エネルギーが消耗すると、そのエネルギーの不足感から自分の外側への欲望が強くなったり、悩みや苦しみが酷くなる。

 

ユートピア行きの電車に乗るためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

心の中の想念や妄想が静まってきて、心の中が澄み切ってくると、エネルギーが満ちてきて、豊かな自分に気づくことができる。

 

波動を高めてエネルギーが高くなってくると、常に豊かな自分で生きることができるのだね。

 

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神のメッセージ

元に戻る力に沿って生きる

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁66『神の力は、元に戻る力である。

 

人は時々、法則に反したことをする。

 

神は、それを元に戻そうとする。

 

例えば、振り子があれば、その振り子を、人間の手で持ち上げることができる。

 

それと同時に、その振り子を元に戻そうとする力も働いている。

 

しかし、手に持っている時は、その手の力の方が元に戻ろうとする力よりも強い。

 

人は、「私は病気だ」と自己暗示をかけて病気を掴んでいる場合がある。

 

しかし一方では、元に戻そうとする力(自然治癒力)も働いているのだ。

 

元に戻ろうとするのが、神が作った完全なる健康な自分なのである。

 

自分で掴む力と、元に戻そうとする力の強い方が、現実になるのである。

 

元に戻る力に沿って生きることで、人は健康に生きることができるのである。』とある。

 

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自分で掴む力と、元に戻そうとする力の強い方が、現実になるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、自分で掴む力を強めて、不調和になっていく。

 

悩みや苦しみが生じて、病気になっていく。

 

元に戻そうとする力に沿って生きるには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、肉体の歪みが解消されたり、病気が治っていく。

 

どんどん波動を高めることで、愛の光になっていくのだね。

 

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神のメッセージ

 

苦しみや悩みが必要なこともある

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁64『蓮は、泥沼の中に花を咲かせる。

 

泥沼の中に咲くからこそ、蓮の花はきれいに見えるのである。

 

人は、世俗の苦しみの中で生きている。

 

しかし、その中にこそ、本当に悟れるチャンスがあるのだ。

 

泥沼があったからこそ、蓮の花が大きくさくことができたと捉えると、泥沼さえも肯定することができるのだ。

 

泥沼も、蓮の花が咲くのに必要だったのである。

 

世俗の苦しみは、決して悪いことではないのだ。

 

苦しみや悩みがあったからこそ、悟りを得ることができたとすれば、その苦しみも必要なことだったと捉えることができるのだ。』とある。

 

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世俗の苦しみは、決して悪いことではないのだね。

 

自分の外側の現象に振り回され、自分の外側の5感で認識されたものを相手にしていて、苦しみや悩みが酷すぎて、どうにもならないとなった時に、真剣に自分の内側を見つめることができる。

 

苦しみや悩みは、中途半端ではなく、真剣に自分の内側を見つめる機会を与えてくれるのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

やり続けることで、自分の波動が高まっていく。それに伴って、肉体が変化していくのを感じることができる。

 

不調和による肉体の歪みが解消されていくことで、どんどんエネルギーの流れが速くなっていく。

 

豊かな自分に気づくことができ、物事の捉え方も表面的ではなく深くなっていくね。

 

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神のメッセージ

業の多い人ほど悟りには近い

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁62『世の中には、早く悟れる人となかなか悟れない人がいる。

 

早く悟れる人は、真剣に求めている人か、大きな悩みや苦しみを抱えている人である。

 

悟りに時間のかかる人は、人生を真剣に考えていない人か、観念でもう知っていると思い込んでいる人である。

 

かつて親鸞上人が「善人なおもて往生す、いわんや悪人をや」と言った。

 

善人が救われるのに、悪人が救われないわけはない、悪人の方が救いやすい、という意味である。

 

悪人とは、業やカルマの多い人のことを指している。

 

問題を多く抱えている人ほど、真剣に求めるから、悟りを得やすいのである。

 

薄曇りの間は雨は降らないが、雨雲になって雨が降り、雨が上がれば天気が晴れる。

 

業の多い人ほど、悟りには近いのである。』とある。

 

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問題を多く抱えている人ほど、真剣に求めるから、悟りを得やすいのだね。

 

その問題はどこから生じているのかに気づいていく。

 

自分にインプットされているものに拘っていることから問題は生じる。

 

しかし、拘りを無くそうとすればするほど、その拘りを意識してしまい、その結果として拘りを認めることになり、なかなか無くすことはできない。

 

拘っているのは、自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)なので、偽我の自分に意識が向いているから、拘りが無くせない。

 

拘りを無くすためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることだね。

 

やり続けることで、エネルギーが高まり、気分が軽くなっていく。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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