原因である心に手をつける

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ2」の頁30『映画を観ている時、もし気に入らない場面があったら、舞台に上がっていってスクリーンに映った映像に手をつけようとしても変わらない。

 

でも、後ろを振り向いて、映写機の中になるフィルムを替えたら、一発で変わるのである。

 

しかし、私たちは、日常の生活の中で、丁度、映画のスクリーンを一生懸命変えようとしている人がほとんどなのである。

 

私たちの目の前に起きる、あらゆる現象は、映写機の光がフィルムを通して映画館のスクリーンに映し出された映像のようなものである。

 

そしてフィルムにあたるのが、心である。

 

だから、目の前に気に入らない現象が起きているからといって、その現象そのものに手をつけるのではなく、まさに、原因である心に手をつけなくては、現象面は変わらないのである。』とある。

 

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葦原瑞穂著 黎明 上巻 頁27に『・・・五官から入ってくるあらゆる情報に関して共通していることですが、私達が外の世界を意識しているとき、それは外の世界そのものを知覚しているわけではなく、五官を通して入ってきた情報が、知覚システムの基本的なはたらきや、過去に造られた認識の様式の影響を受けながら、心の中に無意識のうちに表象を造り上げていること、つまり自分の心の創作物を知覚しているに過ぎないということを、注意深く理解するようにして下さい。』とある。

 

目の前に起きる、あらゆる現象は、 自分の心の創作物を知覚しているに過ぎないのだね。

 

心の中が想念や妄想でゴチャゴチャと混乱していると、目の前の現象も混乱したものとなり、その現象に振り回されることになる。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、心の中の想念や妄想は静まらない。

 

偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることで、心の中の想念や妄想が静まり、心の中が澄み切ってくる。

 

そうなると、目の前の現象に過度に反応することなく、自然体でいられて、常に穏かな自分でいることができるね。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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