目先ではなく、人生全体で捉える

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁76『真我を開いた後に、良いと思われることも、悪いと思われることも起こるかもしれない。

 

良くなれば喜び、悪くなると落ち込んだりするが、そういう目先の出来事で捉える生き方は、そろそろ卒業すべきだ。

 

良い時と悪い時が繰り返して人生には訪れてくるのだが、全体像を見れば、確実に上に上がっているのである。

 

あなたが真我を開いていけば、昔の絶頂期よりも、今の落ち込んだ時の方が高い可能性があるのだ。

 

だから、目先の良い悪いではなく、人生全体で捉えることだ。』とある。

 

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良くなれば喜び、悪くなると落ち込んだりするが、そういう目先の出来事で捉える生き方は、そろそろ卒業すべきなのだね。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、過去の記憶に囚われて、視野が狭くなり偏った物の捉え方になってしまう。

 

もう既に分かっているという思いが強いと、常に変化している目の前の現象に対して、頭の中で固定化した基準で対応することになるので、良くなれば喜び、悪くなると落ち込んだりすることになるのだね。

 

そうならないためには、偽我の自分に意識を向けるのではなく、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続けることになる。

 

やり続けることで、心の中の想念や妄想による混乱が静まり、心の中が静まっていく。

 

エネルギーの消耗が無くなり、自分の内側がエネルギーで満ちてくると、もともと豊かな自分に気づくことができる。

 

豊かな自分で在り続けることで、目の前の現象に対して振り回されることなく、一瞬、一瞬の判断が適切になり、上手くいくようになっていくのだね。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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