目先でなく人生全体で捉える

心の学校 佐藤学長の「図解 神のメッセージ」の頁76『真我を開いた後、良いと思われることも、悪いと思われることも起こるかもしれない。

 

良くなれば喜び、悪くなると落ち込んだりするが、そういう目先の出来事で捉える生き方は、そろそろ卒業するべきだ。

 

良い時と悪い時が繰り返して人生には訪れてくるのだが、全体像を見れば、確実に上に上がっているのである。

 

あなたが真我を開いていけば、昔の絶頂期よりも、今の落ち込んだ時の方が高い可能性があるのだ。

 

だから、目先の良い悪いではなく、人生全体で捉えることだ。』とある。

 

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目先の良い悪いではなく、人生全体で捉えることだね。

 

ラムサ(著) 松野健一(訳) ラムサ ホワイトブック 改訂版 頁349~350『・・・いま存在すものであれ、これから存在するものであれ、それらすべてを知る能力をあなたは持っている。

 

あなたをその知識へと開いてくれる扉は、単に「知っている」と言うことだ。

 

すると、すぐにそれが実現するのである。数秒後かもしれないし、何日もかかるかもしれないが、それはやって来る。

 

なぜなら、「知っている」という言葉は絶対であり、あなたの望みを「絶対のもの」へと変えるからである。

 

「知っている」という思考が魂の中で感じられると、それはあなたの存在の内面で実現され、脳下垂体を開く。

 

それによって、さらに偉大な思考を受け入れることが可能になるのだ。

 

「知っている」という言葉は、無限の流れの中にいるあなたの中に、思考の河が流れ込んでくるのを許す扉なのである。』とある。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(偽我)に意識が向いていると、その扉が使えないのは、分からないとか、疑いの思いが湧か上がってしまうからになる。

 

本当の自分(真我)は全知全能だから、総てを「知っている」と言うことに対して、一点の曇りもなく、単に「知っている」と言う状態になることで、受信機である脳が、偉大な思考を受け入れることができるのだね。

 

素直に、「知っている」として、ただ待ってっていれば、それが実現する。

 

シンプルなのだけれど、それを妨げているのが、偽我の自分なのだね。

 

だから、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我)に意識を向け続ける。

 

今日もナーダ音に意識を合わせ続ける。

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