もともと最初から完全

心の学校 佐藤学長の「生命の覚醒」の頁237に、『・・・勉強の悟りというのは、知識の悟りです。

 

修行の悟りというのは、精神の悟りです。

 

でも私がいわんとしているのは、命そのものの悟りです。

 

命の悟りというのは、時間がかかりません。

 

なぜならば、もう既に悟っている自分が自分の中にいるからです。

 

私たちの命は、もともと天から完全に与えられているのです。

 

ですから、それを自覚すればいいだけなのです。

 

心臓は、勉強をして動かすわけでも、修行をして動かすわけでもないのです。

 

「あっ、心臓が動いている!」と自覚すればいいだけです。

 

一生懸命勉強して辿りつくというのは、命の悟りではありません。

 

知識で理解をしたに過ぎません。

 

私たちが理解しようがしまいが、修行しようがしまいが、もともと私たちは最初から完全なのです。

 

今、私たちが一番気づかないといけないのは、命の悟りなのです。

 

私たちは命の悟りを得て初めて、それに沿った頭の使い方をすることが大事なのです。

 

今まで、人間は間違っていたと思います。

 

一生懸命努力をして、やっと悟ってきたと思ったらもう人生はおしまいというのは、変だと思いませんか。

 

これは私の素朴な疑問です。

 

悟りを得ることを終点とするのではなく、出発点とするのです。

 

そうしたら、どれだけ人生が素晴らしいものになるでしょうか。』とある。

 

目の前の現象を、ありのままに捉えることができたら素晴らしいね。

 

心臓が動いていることに対して、生きているのだから当たり前と捉えているとすれば、それはどういうことだろうか?

 

目の前の現象を、ありのままに捉えているとは言えないね。

 

物事を固定化して、これはこうなんだと言う頭の中にインプットされた知識で、判断しているに過ぎないね。

 

今、この瞬間、目の前の現象を、ありのままに捉えるには、過去の記憶に囚われない自分になる。

 

自分が自分だと思い込んでしまっている自分(意識)が向いていては、過去の記憶に囚われてしまうね。

 

過去の記憶からの囚われから抜け出すには、誰もに内在する究極の全体意識、本当の自分(真我、満月、まんまる)に意識を向け続けることだね。

 

今日も「真我の実践」を唱え続ける。

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